夢見る50

2017年4月2日、最愛の主人を膵臓癌で闘病1か月8日で力尽きこの世を去りました。これからどうしていきていけばいいか

すこしずつ

7月21日


今度住むところが決まった。
これから一人で暮らしていかないといけない。


初めての一人暮らし。
考えたこともなかった。こうなることを。
まだまだ主人との生活が続くと思ってた。


でも、それがもうできないんだと、実感するカギをもらった。
どう生きていこう。


慣れない生活、「ただいま」「おかえり」「今日は何があった?」「今日はこんなことがあったんだ」たわいのない会話だけど、それが出来ないんだ。


写真を見ながら、話しをしても声がしない、返事をしてくれない。
今でもそうなのに、一人になったらもっと実感するんだろうなあ。


22日
持って帰った荷物の整理。
今度の住宅は広くないので必要なものだけにしようと。
ずいぶん捨てるものが出てきた。
今日は町内の花火大会。主人と毎回一緒に行ってたのですが、今年はやめようと。思い出して涙が出そうなので。
ただ今回は甥っ子のところで見ました。
でも、やはりさみしいですね。
一緒に見たかったなぁ。


相続の手続き

7月16日、あの後担当して頂ける司法書士さんが行かれたそうです。
で、義理の妹の旦那が電話してきたみたいです。


17日にどうしたらいいか電話したらそう言われました。
色々聞かれたみたいですが、義母の要求と提示した金額で納得したみたいとのこと。


これで、書類の作成をして相続の関係は終わりますと。


これで、怖い思いも嫌な思いもしなくていいんだと。


でも、心に刺さったトゲはずっと刺さったままなんです。
主人がかかっていた医大へ行ったのですが、診てもらえず、近くの診療所へ行き薬をもらいました。


ただ眠るための薬、心への薬はないのでしょうか。飲んでも夜中に目が覚めてまた、苦しんでしまう。


主人に迎えに来てほしい。そればかり考えていました。
死にたいと思うことが何度かありました。


ただ、姉夫婦がいたから、友人たちがいたから実行するまでには至りませんでした。
(みんなに感謝です)


引っ越しの次の日

7月16日
こちらの引っ越しが終わって、次の日義理の妹から呼び出しがありました。
書類にハンコを押してくださいと。


で、一人ではいけないので姉についてきてもらいました。


そこで見た光景、信じられませんでした。


もう、すべて処分しているではありませんか。


義母が生活するためにはわかりますが、いろんな主人との思い出も捨てられるんだと。


早々にハンコを押して、帰ろうとしたときに義理の妹に言われた言葉がまた昨日の義母の傷がいえない心に傷をつけられました。


「今までに処分できたのに、いままでなにしとったん?」と
えっ?主人が亡くなってまだ3ヶ月しか経ってなく私の体調も悪い状態でいつ片付けろと?
やはり私と義理兄妹や義母との主人への思いの温度差を実感しました。


義理妹の態度の変化にも驚きましたが。
やはり血のつながりには負けます。


その夜に、義理の妹の旦那から数回電話がありました。
もう怖くて出ることが出来なくなり、もう死にたいと一睡もできなくなりました