夢見る50

平成29年2月に余命1年と宣告された最愛の主人を膵臓癌で亡くしました。1か月と8日の闘いでした。

列車で旅行

4月1日


今日は山口から私の姉が帰ってきてくれました。(元気な顔を見れてよかったです、この晩意識がなくなりましたから)


朝から、列車に乗って二人で旅行してました(幻覚を見て)。


いろんな駅で下車して、あちこちに行ってました。(どこを走っているかはわかりません。)
主人とは毎年車での旅行をしていました。列車での旅行は1度、正月に山口へ行ったのが最初で最後でした。


この日は
主人の兄弟がかわるがわる来てくれて、心が少しは楽になりました。


主人の兄弟と言っても、皆私より年上です。


弟は私の食事を心配しておいしいパンを買ってきてくれました。ただ、食欲がない為少しずつ食べると少しだけ置いて貰いました。


少しでも私がそばにいないと探すので、そばから離れることが出来ないですが、みんながいる時だけ少し病室から休憩室で泣いていました。


この晩に意識をなくすとは思わなかったので、たわいのない話をしていました。
一言
「一緒に家に帰ってお前を休ませたい」と。
すごくうれしくて「頑張って元気になって帰ろうね」と涙を我慢するのに必死でした。


幻覚も見ていなかったので安心していましたが、徐々にしんどくはなっていたのだと思います。
のどが渇くのか、お茶が飲みたいと。
だけど気管に入ってはいけないのでスポンジに含ませて飲ませました。
「お茶がおいしい。がぶ飲みしたいなあ。」と「無理だから我慢してね」
「分かった」スポンジを思い切りかじって飲んでいました。
思いっきり飲ませてあげたいと心で思っていました。


7時ごろ、痰をとるための吸引してもらおうといったのですが、一度目の吸引がしんどかったせいか絶対しない自分で取ると。


看護師さんに手伝ってもらい痰を出そうとしましたが、その瞬間に意識がなくなりました。


看護師さんも、ばたばた先生を呼んだりしていました。


わたしは、主人の顔をも見るなり気が狂いそうになりました。
私を置いていく、どうしたらいいの?


延命治療はしないと決めていたので、ゆっくり寝かせてましょうと、みんなが来るまでと頼みましたが、
「その間御主人はしんどい思いをしますよ」「意識はありますから話しかけてあげてください」と。


痛いことが嫌いな主人、寝かせることにしました。みんなには申し訳ないけど。


みんなが来るまで、二人で話をしましたが、何を話したか記憶がありません。


ただ、ありがとう、愛してる。その言葉は伝えたと思います。